“選ばない”という選択──日本文化に寄り添うUXとは


日本のユーザーを紐解くシリーズ
このシリーズでは、日本のユーザー特有の行動や感覚を文化的背景とともに紐解き、UX設計への示唆を探っていきます。
第1回のテーマは「選べない日本人」。
“日本人はなぜ選択に迷うのか?”を文化的視点と私自身の海外(オランダ)での体験を通して考えてみます。
日本人は選べない?
レストランで、どのメニューを頼むべきかわからず迷い続ける…。
「選択の多さ」に、むしろストレスを感じる日本人ユーザーは少なくありません。
UXの観点では、「ユーザーに選択肢を与えること」が成約率を上げる成功パターンとされていますが、日本では例外で、「選択」がストレスになる場面が多いのです。
オーストラリアの大学生との比較で、日本の学生は「意思決定ストレス」が高いとの研究結果もあります。
参照:https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/0022022193243002
文化的背景からの考察
日本人が「選ぶこと」に慎重になるのには、文化的な背景が大きく関わっています。
同調を大事にする文化
日本では「みんなと同じ」が安心感につながる価値観が根強くあります。
そのため、個人の好みで判断するよりも「みんなが選んでいるから」という理由のほうが選びやすい傾向にあります。
いっぽう私が住む国オランダでは、「みんなと違う方が良い」という個人主義の価値観が根強いと感じます。
減点方式の社会
日本は“失敗を避ける”傾向が強く、学校や職場では「失敗しないこと」が重視されがちです。
欧米のように「失敗してもいい」「挑戦が評価される」加点方式とは異なり、1つのミスが大きなマイナスになると感じる環境では、選ぶことそのものがリスクになります。
意見を変えることへの抵抗感
「一度決めたら最後まで貫く」という姿勢が評価されやすく、「やっぱりこっちにする」と意見を変えることに後ろめたさを感じる人も少なくありません。
その結果、「選ぶ」こと自体が慎重になり、なかなか第一歩が踏み出せません。
みんなが納得する案を優先させる傾向
会議やプロジェクトでも、最初にあった個人のアイデアが「調整」され続け、いつのまにか誰のアイデアでもなくなるようなプロセスが一般的です。
「みんなが納得する形」が優先され、自分の好みや主張は後回しになることが多いのです。
失敗を避ける教育
「失敗しないように選ぶ」という考え方が、学校教育から社会人生活まで一貫して強調されています。選択肢が多すぎると、間違った選択をする不安が先に立ち、なかなか決断できないのです。
正解志向
「どれが正しいか」「どれが損しないか」といった判断軸が根付きやすい日本では、「主観的な選択=リスク」と受け取られやすい一面もあります。
模倣・集団行動の傾向
日本人は、他の人の行動に強く影響されやすく、外国人と比べても「人と違う行動は避ける」傾向が実証されています。
海外での体験との比較
「選ぶこと=最終決定をくだすこと」という重圧
私がオランダやイギリスで暮らしていたときに強く感じたのが、選ぶことと・選択したものを変えることに対する軽やかさです。
例えば、デザイン案が大方決まりかけていても「やっぱり違う」と戻したり、最初とは全く違う方向にプロジェクトが進んでいくこともごく一般的。 意見が変わることも、失敗することも、失敗して引き返すことも、当たり前のプロセスとして受け入れられています。
つまり、選ぶこと=正解を探す行為ではなく、「試してみる」こと。
一方で、日本ではそのような「決めるプロセス」を面倒に感じる人も多く、「店員さんのおすすめでいいです」という反応が普通だったりします。
また、日本人は意見を変えることに抵抗があり「最初と言っていたことが違う」ことに憤りを感じ、最初に決めたことにしがみつく傾向がある印象があります。
「選ぶこと=最終決定をくだすこと」に近い感覚があります。
教育が形成する意思決定スタイル
オランダと日本の教育の違いを以下の表にまとめました。
オランダ | 日本 | |
---|---|---|
学習スタイル | 探究・課題解決学習 | 正解志向・一斉授業 |
評価方法 | 成果は加点方式 | 試験は減点方式 |
授業形態 | 生徒主体・対話型授業 | 教師中心・受動学習 |
進路設計 | 進路は階層式・柔軟 | 進路選択は一本化 |
これらの教育的違いが、大人になった際の「選択に対するストレス耐性」に大きく影響していると考えられます。
OECD PISAによる “Creative Problem Solving” スコアでは、オランダが日本より協働的試行回数が多い傾向にあるようです。
参照:
https://www.oecd.org/en/publications/pisa-results-2022-volume-iii-factsheets_041a90f1-en/netherlands_dfeb9e23-en.html
https://www.oecd.org/en/publications/pisa-2022-results-volume-i-and-ii-country-notes_ed6fbcc5-en/japan_f7d7daad-en.html
TIMSS 2019 教師アンケートで、「自分の意見を言い直しても良い」と答えた欧州教師は 78%、日本は 46%でした。
参照:https://timssandpirls.bc.edu/timss2019/questionnaires/pdf/T19_TQS_8.pdf
文化比較データ:オランダ vs 日本
学術調査などを参考に、日本とオランダについて比較しました。
個人主義 vs 集団主義
Hofstedeによる定量評価では、オランダは個人主義スコア(IDV)が100点満点中80点、日本は46点でした。
国名 | 個人主義スコア(IDV) | 特徴 |
---|---|---|
オランダ | 80/100 | 高い個人主義。自立や自己主張が文化に根付く |
日本 | 46/100 | 中程度〜低。集団調和や一体感が優先される |
オランダでは「みんなと違う」が肯定されやすく、日本ではむしろ「合わせる」方が安心という傾向が、数字にも表れています。
選択プロセスの違い
選択において、日本は「コンセンサス」(多数の意見をすり合わせて決める)を重視する 合意型文化 。
対してオランダでは、「まず個人の意見を自由に」「合意よりまず選択」というスタイルが多く、個人主導の選択を尊重する文化です。
参照:Cross-cultural differences in decision-making
意思決定プロセスの違い
日本の方が「補償的(compensatory)プロセス」を使う傾向が低く、一つの欠点が過度に選択結果に影響します。
いっぽう、オランダなどでは、「ある選択がだめでも他の選択で挽回できる」と考える、非補償的な柔軟性があります 。
High‑context vs Low‑context文化(Communication Style)
日本はHigh‑context(暗黙の了解重視)、オランダはLow‑context(明示・直接コミュニケーション)。
オランダでは「失敗や選択変更」が当たり前とされる土壌があるため、選択へのストレスが少なく済みがちです
家の窓を通じて中を見せる透明性が美徳で、「失敗を隠さない」土壌があります 。
比較まとめ
オランダ | 日本 | |
---|---|---|
価値観の軸 | 個人主義 | 集団主義 |
意思決定スタイル | 個人主導の選択 | 合意形成スタイル |
選択の柔軟性 | 非補償的 | 補償的 |
コミュニケーション様式 | 直接コミュニケーション | 暗黙の了解重視 |
選択の心理的意味づけ | 緊張・ストレスの源 | 表現/自己実現の機会 |
欧米のUIをそのまま日本に適用できない
この違いは、UI(ユーザーインターフェース)にも表れていて、欧米のサービスでは「選ばせること」が前提の設計が多く、日本では「迷わせない・決めてもらう」工夫が求められるのです。
選択に不安を抱く国のUX設計とは
「選べない日本人」に配慮したUXを考えると、次のような工夫が有効です。
「選ばなくてもいい」設計
最初から適切な初期設定(デフォルト)をしておくことで、ユーザーは何も選ばずに進める安心感を得られます。
選択肢を減らす、優先順位をつける
全ての選択肢を見せるのではなく、人気・おすすめを明確に表示してあげることで、安心して選びやすくなります。
初期値・プリセットの有効活用
「このままでもOK」という安心感を与えることで、選択のハードルが下がります。
選び直しが簡単であることを明示
「後から変えられます」「選び直し自由」といったメッセージがあると、安心して選ぶことができます。
他人の判断を参考にできる工夫
「他の人の選択」「レビュー」「人気順」などの“選択の補助情報”は、日本のユーザーにとって極めて重要です。
まとめ
日本人が「選べない」のは、単なる優柔不断ではなく、文化的な価値観と深く関わっています。 UX設計者として大切なのは、その背景を理解し、ユーザーが安心して選べる環境を用意すること。そのことを理解すればするほど、日本人向けのUX設計に深みが増していきます。
ユーザーにとって「心地よいUX」とは、自由な選択よりも、選ばなくても安心できる体験かもしれません。
選択が“リスク”に見える社会では、「選ばなくていいUX」「選びやすいUX」が求められるのです。
そして、「失敗してもいい」を伝えられる設計ができることも大切です。